ありがとうの雨

日記

日記なのに何をいまさら、と思うかもしれないがこれは個人的な話になる。本当は特定の個人に向けて書くべきだったのだが、かなり自分の話になってしまった。だから、たぶん誰向けでもない。

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ゴールデンウィークをのんきに過ごしていると、プログラミングに困ってる方がおられた。

プログラミングは楽しいが、一旦コケると何時間も泥沼にハマってしまうしんどさも備えている。ぼくは、そういう状況にある人を見ると助けてあげたくなる(おこがましい)。みんながITに触れて、その楽しさだけを感じて、どんどん面白いもの・体験が世に出たほうがいいという思いがあるからだ。

話を戻そう。かの人が困っていた内容はたまたま自分の知っていたことだった。軽い気持ちでアドバイスを投げてみる。すると返信。もう少し詳細な情報を求められる。なんだか不安そうにも見える。

相手の立場に立ってみると、そりゃそうだと思った。誰だかわからん人が突然知らん話を勧めてきたのだ、外見の数倍も手塩にかけているだろう自分の創作物に対して。……そこでようやく、頼まれてもいないアドバイスで他人の船をつついてぐらつかせてしまったことに気付いた。と同時に、ここで「ごめんなさい」で引き下がることが出来ないことにも気づいた。かなり間が悪いが、せめて検証してちゃんと動くコードを渡しでもしないと……。

というわけでスゲー急いで書いた。出来上がったそれを渡す。めちゃめちゃ喜ばれた。というか「泣いて喜んでます」と言ってくださった。受け取ってくれた方の寛容さに感謝しかない。

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自分がぶきっちょすぎて、ゴタゴタを起こしてしまったという話である。

本件について反省をしておく。 まず、頼まれてもいない手を差し伸べるにしても検証済みコード片を渡す方が数千倍スマートだ。 また、そもそも「手を差し伸べること」がどういう意味を持っているのかを噛み砕いて考えなければならないとも思った。

ここで、相手の方が素晴らしい対応してくれたことに関しても触れておくべきだろう。こんなお節介人間にも最大限の感謝を伝えてくださった。こちらにはご迷惑をおかけしたという負い目があるにも関わらず、そんな遠慮など貫通して「ちゃんと手間をかけて作業してよかった」と思わせてくれた。感謝感激雨あられとはよく言ったものだが、その人の感謝は確かに、心からの感謝で、ふりそそぐ雨の形をしていた。

あなたみたいになりたかった 春にはたくさんの花を咲かせる 散り際の潔い 薄紅の樹

GoldFish, (2019), 桜