ありがとうの雨

日記

一夜に綴った 行く宛の無い 手紙を今日も 捨てられずに

GoldFish, (2019), 銀の川

 日記なのに何をいまさら、と思うかもしれないがこれは個人的な話になる。  本当は特定の個人に向けたメッセージを含むのだが、うまくまとまらないので、たぶん誰向けでもない。

 ちょっと前の話になる。  少し遅い朝をまどろんでいると、コードを書くのに困っている人を見かけた。  なんだか要件定義がざっくりしていたから、困っていて答えが欲しいというよりは、先の見えない不安を吐露したかっただけなのだろう。しかし、その人にしては珍しく(?)かなり具体的な説明を伴って困っていらした。それもゴールデンウィークにである。  これを解決するナイスな助言ができれば、困っている人を助けながらコードを書くことができる。修行 1 もせずただ休むだけで募っていく罪悪感をイージーにペイできるのではないか、一石二鳥。布団の中でぼくは方針だけコメントした。

 夜になってから、やっぱお節介だったかもしれないなぁと思ってコメントを消しにいった。ら、なんかめっちゃ丁寧に返信されていたのだった。読んでみれば、ぼくのヘタクソな日本語の読解に時間をとらせてしまったこと、知りもしない人間のヤマカンにもかなり食いついていたことがわかった。どんどん申し訳なくなってきて、無責任にしっぽ巻いて逃げずに、ちゃんと動くコードを書いてから折り返すことにした。  環境構築から始めて、久しぶりのWindows、久しぶりのC++、久しぶりのVisual Studioだった。ぼくにとっては中学生以来の環境である。ゲーム開発もWindowsネイティブ開発も遠い昔に諦めてしまって以来触っておらず、何もかもいにしえの環境でがたぴしと作業していたのだが、そのうち楽しくなってきて、その日は夕食も風呂も超特急で済ませた。日はとっぷりと暮れていた。  完成したそれを納品する。返信はすぐに来た。それは「感謝感激雨あられ」をテーマに文字を起こすとこうなるであろうという文章だった。自分の中ではショボいばかりのコードにも涙ぐんでおられる。そんなに反応することある?Pull Requestとは無縁の世界で生きていたのか、はたまたローンチ前後でテンションが上がっていたのか。ともかく「嬉しい」と「ありがとう」が、自分が遠慮するスピードよりも速くなだれこんできたのだった。

 ぼくはプログラマとして10年余やってきているが、あんまりありがとうと言われない。裏方仕事だし、実力的にも大したことがないから。あるいは、人間の気持ちがわかってなさすぎて、ありがとうって言われても「いや、作業内容的には誰でもできたはずなんで……」みたいな塩対応しまくってて、ありがとうの実感がなかったかも。  それが突然メチャメチャありがたがられる。あまりのありがたがりように流され、難聴のぼくをしてようやく素直に受け取ることができた。「あー、なんか、自分って誰かにありがたがられることできるんだなぁ」と思った。「やってきてよかった」とも思った。

 今思うと、あの喜びようは自分が何かデカい貢献をしたからだったのかもしれない。大切なプロダクトに対して、困っていたことに対して、見ず知らずの誰かがここまでする?みたいな驚きに対して、あとはなんだ、わからないが……。そんな大切なプロダクトに関わらせてくれてありがとうとしか言えない。結果的にはなんか許されてるっぽいが、ワンチャン聖域かもしれんところに突然ぶっこんでしまってごめんなさい。そうだよ、ありがとうって言ってもらえてお得になったってだけの話じゃないなこれは。あー、あと、これからも人にありがとうって言いながら生きて欲しい、そういう人はレアなので。そういう姿勢にありがとうみたいな話か?スゲー話がゴッチャになってしまった。なんか久々に人と関わって慌てててウケる。いやウケてないでありがとうって言ってくれ。なんか、紡げ、うーん、うーん。……ぼくのキャパでは文字に落とし込めない。

 まあだから、もろもろありがとうって感じなのだが、これはどういう日本語?これは相手の読解力に期待しすぎか?やりすぎか?さすがにか?まあそういうわけで、直接言えずに、でもなんとなく言わんとしてることが伝わったらいいかなあみたいな甘えで、こうして日記として公開する運びとなった。

そっと浮かべて 終わりにしよう あなたに届く前に

GoldFish, (2019), 銀の川

追記(2021/05/11)

なんか日記に書いたり、考えなおしたりしてた結果、良い感じに言葉として紡ぐことができた。 ので、さっきお礼を言ってきた。

感情を明確に表現できてしまったのでこの記事の公開理由が薄まっているのだが、 口下手オタクが意味わからんことなっててウケることはウケるので、 墓標兼日記として、このままの形で置いておくことにする。


  1. ぼくはプログラミングのことを修行と称している。自己満足のためにやる無味乾燥な行為、研鑽のために公式ドキュメントや仕様書と格闘する行為をなるべく前向きにとらえようとした結果である。 [return]